摂食障害の娘へ 入院生活へピリオド

パールじゅんこ

2011年11月21日 20:08

  
   「 一か月間、よく頑張ってくれました。」

私は主治医、入院病棟での担当医 3名の医師の前に座った。

  「肝機能の悪化、白血球の異常現象、低血圧
   そのほかの身体的衰弱の原因を探ってきました。

        
   これ以上は娘さんの退院したいという強い希望を
   受け入れざるを得ません。」


  「我々は心当たる ガン検査もすべて行いました。
   ただ ひとつ 腹水の黄色く濁っている原因がわかりませんでした。」


  「どこかに 小さな癌が隠れているのかもしれませんが
   当医院では
   その小さな癌の検査する為の機械を導入していません。
   ご両親が望むなら
   機械を持っている病院をご紹介します。」



内科検査を徹底的に行ってもらった今
私は
やっと
心の中のもやもやが消え始めていた。




   「 放っておけ!  食えば治る 」

  と言う主人の言葉通りであることを
  納得しなければいけない。
  嫌がおうでも・・・・。



私は無知であるように思う
バカが付くほど 無知なのだと思い知らさせる。
しかし、
行動をおこし、ぶつかり、証明されないと納得できない自分を知っている。


娘の一ケ月余りの入院生活は
内科医療の現場において
衰弱原因の究明に費やした。



  ●   大腸内視鏡  
  ●   胃カメラ 
  ●   腹部超音波検査(腹部エコー)  
  ●   婦人科ガン検査
  ●   腹水検査
  ●   心臓の検査( 胸部X線写真、心電図 )



おもに 肝臓の細胞が悪化される原因を探ってきた。
食事 生活習慣が反映される臓器である肝臓の異常数値を
徹底的に把握しようと、
医師たちは様々な角度から原因を探ろうと試みてくれた。
その一つに 安静を要求したが、
娘は、過剰な行動を慎もうとしなかった。

   絶対安静を強いられたが
   娘は病院内を動いて回った。
   1階にあるコンビニから
   10階にある、展望ラウンジや屋上庭園
   図書室 食堂
   等 施設内を動いて回り
   医師、看護士泣かせな行動を繰り返した。


さすが
階段の上り下りは四肢の力がなくなり不可能に近い状態になったため
エレベーターを利用しての移動である。


悲鳴を上げている肝臓の治療のために
再三にわたって
安静を要求してきた医師たちは
入院中の娘の行動にさじを投げ始め
私達夫婦に
「 10階にある精神科病棟の施錠できる部屋へ移動させてもいいか 」と承諾を得た。
私達夫婦は 受け入れていた。
娘のノイローゼより死を恐れた。

私は 体を治すということに精通している
熱心な若い医師たちに頭を下げた。


ノイローゼは今の身体の衰弱を抜けだした後
命さえつなげば治せるものと信じていた。


  少し後になって考えると
  私自身に
  精神状態、いわゆるストレスと健康がいかに密着しているかが
  解っていない証しだということが嫌と言うほど解り
  自己嫌悪に陥る。




  第三者については
  そう考えることは安易だが
  ことが身内 ましてや、自分の子供については
  頭の中に濃い霧がかかり
  解らなくなってしまっている。

  まったく理性を失ってしまっている。

  全てにおいて・・・・。


    ・・・・・  ・・・・・  ・・・・・  ・・・・・


娘は笑う。

  「 うち どこも悪くないよ。
    あんなに悩んできたのに胃潰瘍の痕もなかったよ。 」

  「 肝臓の数値が1000にまで上がるのは
    先生が
    安静にできなかったら 10階のカギのかかる病棟に行ってもらうよって
    いうから
    ポンと数字が上がっただけけんね。」

と 軽く笑い飛ばす。



  「 お母さんは
    うちに何をしようとしてるの? 

    うちが好かんけん
    病院に入れときたいんやろ。

    お母さんがうちのストレスよ。」



と 口癖のように言う。


   私は爆発寸前である。
   娘の事で 一方的に悩み
   睡眠が不足していれば私は精神状態を保てなくなる。

   どこまで
   親をバカにして
   親をコケにして
   心配させて
        ・・・・・・という思いが膨れ上がる。

   
   怒りを抑えられるか否かは
   不思議と私の  
   私自身の睡眠と密着している。


   私を怒らせ
   それを楽しんでいるかに見える娘の態度に
   爆発する時がある。

   「 あんた お母さんをおちょくっとるの?」と
   怒り、言ってしまう時がある。




私は決まって
70年代後半に世界中で大ヒットしたオカルト映画
「エクソシスト」や「オーメン666」が頭の中に浮かんでくる。
可愛い女の子や小さな男の子の内に潜む悪霊を神父が退治しようとすると
最後に必ず
悪霊が「 助けて・・・・」と かわいい愛しい声を出す。
悪霊を退治しようとしている神父の手が止まってしまう。



   悪夢だ・・・



不謹慎極まりないと思うが
なぜだか
若いころに夢中になってみたあの映画のシーンが鮮明によみがえってくる。



 娘は私を怒らせた後 必ず 沈んだ声でいう。


    「 うち どこも悪くないよ。
      ただ 心臓が苦しくなる。

      動悸がひどい・・・。」


 私は怒りを沈め
 娘を救わなければ・・と居たたまれなくなる。
 


心療内科を必要としているのは私かも知れない。



  ・・・・・  ・・・・・  ・・・・・  ・・・・・


一ヵ月後の来院を約束させられ娘は退院してきた。

  「 よく頑張ってくれました。」

  という 先生の言葉を後に。


国立長崎医療センターに紹介状を書いてくれた
自宅近くの開業医に宛てた
経過報告書の分厚い封書を手にして病院を後にした。

今にも雨が落ちてきそうな重い空の下 
車を走らせた。
山肌では ハゼの木の紅葉が彩り
散り始めた街路樹は秋の深まりを感じさせてくれた。


四季の移ろいを心底楽しむこともできず
秋は駆け足で過ぎて行ってしまったような気がする。

長い髪を三つ編みにした小さな三人の娘たちと共に
栗ひろい、アケビ採り、椎の実拾い・・・
秋の野山に出かけて行ってたのが
つい この前のように思い出される。


追憶の日々は
いつも仲良し三姉妹の笑い声に包まれて
どの一コマも光り輝く私の宝物である。


 帰宅した娘は
 気分よく  家の周りを散歩し 少し休み 夕食の準備に取り掛かった。

 鼻歌が聞こえてきそうなムードが漂った。