誕生のドラマ

パールじゅんこ

2013年07月22日 02:58



   
  夏休みが始まった日
  HAYATOは
  裏庭で蝉の抜け殻を発見した。



  
  驚くほどたくさんの抜け殻が
  HAYATOの目の前の
   ベニカナメモチの葉っぱや
   クロガネモチの木の枝や
   足元の雑草など
  到る所にくっついていた。




  夏休みになったHAYATOは
  容赦なく照りつける太陽に負けることなく  
  早朝から海に出かけて行った。

    
            
   
  たくさんの鯵を釣って帰った夕方
  裏庭で
  HAYATOは大きな声で私を呼んだ。
  

  「 ばあば 変なものがいるよ! 」

  私は足元の草の上を覗き込んだ。

  そこには
  いっぴきの蝉が今まさに脱皮しようとしていた。

  私は
  テレビの中でしか見た事が無かった
  この光景に夢中でシャターを押した。

  しばらく
  眺めていたが その動きに変化はなかった。

  ピンと来ないHAYATOはすぐに飽きて
  別の遊びにはまった。


  夕食を終わらせ夕闇が迫ってきた頃
  こんなチャンスはめったにない!  と
  主人と共に
  HAYATOを連れて
  再び 蝉の脱皮している様子を見に行った。


  ストンと闇が迫り
  真ん丸いお月様が闇を照らした。
  懐中電灯を片手に裏庭に言ってみると
  神秘の世界が広がっていた。


  私はど田舎で育ち 
       57年生きてきて
  主人もそれなりに片田舎で育ち 
       58年生きてきて
  それは
  二人とも初めて目にする光景だった。


  HAYATOと一緒に覗き込んだが
  夕方目にした場所にはあの蝉はもうどこにもいなかった。
  しかし
  周りのベニカナメモチに驚くほどの蝉が止まり
  脱皮をしていた。
    たくさんの蝉の誕生のシーンが目の前で始まっていた。
  それは時間の流れに身を任せ
  非常にゆっくりと進んでいた。
  
  もうすでに殻だけが葉っぱにくっついていたり
  殻から体が出てきたものや
  すでに生まれ変わり
  枝にぶら下がっているものもたくさんいた。


  私達は
  その光景を素晴らしい発見をしたかのように
  盛り上がって 
  懐中電灯の光をまっすぐ当てないようにして見つめた。
 
 

 
  しかし
  そのスピードはおそく
  目の前の光景の値打ちが解らないHAYATOには
  黙って待つことが出来なかった。






  興奮しているのは
  私達夫婦だけだったのかもしれない。
    私は・・
    主人は・・
  この蝉の誕生のドラマを
  時間の流れに任せて一部始終眺めていたかったが
  幼いHAYATOは
  ゆっくりと進むシーンを黙って眺め続けるには
  幼すぎた。


  「閑かさや岩にしみ入る蝉の声  松尾芭蕉」

  ・・・と詠まれると
  森の奥深くの清涼なひと夏が想像できるが
  実は蝉しぐれの轟音ほど
  悩ましいものはない。
  止まることなく鳴き続ける蝉の声は
  耳鳴りかと勘違いするほどである。

  都会の騒音の中で暮らすのと匹敵するほど
  いいえ それ以上に
  やかましい。

  主人が
  蝉を見つめながら話した。 
  「 HAYATO 
    蝉は7年間土の中で暮らし
    地上に出てきて1週間しか生きんとやけん
    捕まえたらすぐ逃がしてやらんばぞ! 」
  HAYATOは神妙な顔をしてうなづいていた。


  

  
  満月が 笑っているかのように私たちの上に
  優しい光を投げかけていた。
  HAYATOは大きなあくびをひとつした。

  いろんな
  蝉をながめた夕涼みは中断するのが名残惜しかったが
  裏庭を後にした。

  小学生になったHAYATOの夏休みは
  始まったばかりである。