2018年10月24日
ふぅ・・・
ぽっかりと大きなお月様が山の上に登ってきた。
お月様に向かって車を走らせた。
ふぅ・・・・
私は働いた。
ふぅ・・・
私は 心にゆとりがなかった。
ゆとりを失っている。
そう感じた。
綺麗なお月様だナ・・・
あぁ そうか
中秋の名月 十三夜月なんだ・・・
中秋の名月である10月21日から
二日経った今夜のお月様が
まん丸で一際大きかった。
煌々と照り渡るお月様を仰ぎながら・・・
私の心は
私の感性は・・・・
潤いを失っていると感じた。
心底 月光に魅了されることがなかった。
私は心にゆとりがなかった。
秋は刻一刻と深まっているというのに。

帰りついて間もなく
夕食の時間がやってきた。
バツイチの次女 みいがテキパキと要領よく食卓を調えた。
みいの摂食障害と闘ってきた8年に
終止符を打てそうに感じた。
みいに 家族の中での役割を与える事
みいに みいの揺るぐことのない居場所を与える事
みいに 母親としての役割を返してあげる事
みいに シャワーのように楽しい言葉かけをする事
一家の中に 主婦が二人はいらないのである。
私は敢えて
仕事に没頭していた。
家事全てをみいに託して働いていた。
主婦はみいであるべきである。
壮絶な戦いだったみいの病気を克服するためのカギを
どうやって明ければいいのか
私にははっきりと見えてきたのである。
わが家の主婦としての
すべての主導権をみいに譲るべきである。
今がそのチャンスであると考えた。
私は
満足して みいのつくった晩御飯を食べた。
ごちそうさまの後に
「 美味しかったヨ 」と一言添えるのを
忘れなかった。
HAYATOと
障子を開け布団に寝転がり
煌々と照り渡るお月さまを仰いだ。
東の庭は不思議な明るさで包まれていた。
「おやすみ HAYATO」と布団をポンポンとたたき
電気を消してドアを閉めた。
ばぁばっ子であるHAYATOが私を卒業していくのを感じた。
私はみいに声をかけた。
「 明日のHAYATOのお弁当はみいがつくりなさいよ。」
「 あさっての参観日はみいが行ってあげなさいね。」
「 みい もう綺麗だからね・・
きちんと お化粧をしていきなさいよね。
大丈夫!
もう どこに行ってもおかしくないよ。
少し細いね・・ くらいだからね。」
長い間
HAYATOの行事に参加しようとしなかったので
ばぁばである私が母親の代理を務めてきたのであった。
みいは 鼻唄をうたいながらお米を研ぎ
楽しそうに 明日の弁当の下ごしらえを始めた。
主婦の座を譲るのはとっても残念なことだが
私には解っていた。
みいを必要とすることによって
みいの闘ってきた拒食症(無食症)は完治出来るはずだと
私には解ってきたのである。
長い年月をかけたが
今ここで病気との修了式を迎えることができそうである。
私には
みいが必要である。
彼女に居心地のいい居場所を譲るべきである。
私は職場で
まだ必要とされていた。
そこに私の揺るがされることのない居場所があった。


お月様に向かって車を走らせた。
ふぅ・・・・
私は働いた。
ふぅ・・・
私は 心にゆとりがなかった。
ゆとりを失っている。
そう感じた。
綺麗なお月様だナ・・・
あぁ そうか
中秋の名月 十三夜月なんだ・・・
中秋の名月である10月21日から
二日経った今夜のお月様が
まん丸で一際大きかった。
煌々と照り渡るお月様を仰ぎながら・・・
私の心は
私の感性は・・・・
潤いを失っていると感じた。
心底 月光に魅了されることがなかった。
私は心にゆとりがなかった。
秋は刻一刻と深まっているというのに。

帰りついて間もなく
夕食の時間がやってきた。
バツイチの次女 みいがテキパキと要領よく食卓を調えた。
みいの摂食障害と闘ってきた8年に
終止符を打てそうに感じた。
みいに 家族の中での役割を与える事
みいに みいの揺るぐことのない居場所を与える事
みいに 母親としての役割を返してあげる事
みいに シャワーのように楽しい言葉かけをする事
一家の中に 主婦が二人はいらないのである。
私は敢えて
仕事に没頭していた。
家事全てをみいに託して働いていた。
主婦はみいであるべきである。
壮絶な戦いだったみいの病気を克服するためのカギを
どうやって明ければいいのか
私にははっきりと見えてきたのである。
わが家の主婦としての
すべての主導権をみいに譲るべきである。
今がそのチャンスであると考えた。
私は
満足して みいのつくった晩御飯を食べた。
ごちそうさまの後に
「 美味しかったヨ 」と一言添えるのを
忘れなかった。
HAYATOと
障子を開け布団に寝転がり
煌々と照り渡るお月さまを仰いだ。
東の庭は不思議な明るさで包まれていた。
「おやすみ HAYATO」と布団をポンポンとたたき
電気を消してドアを閉めた。
ばぁばっ子であるHAYATOが私を卒業していくのを感じた。
私はみいに声をかけた。
「 明日のHAYATOのお弁当はみいがつくりなさいよ。」
「 あさっての参観日はみいが行ってあげなさいね。」
「 みい もう綺麗だからね・・
きちんと お化粧をしていきなさいよね。
大丈夫!
もう どこに行ってもおかしくないよ。
少し細いね・・ くらいだからね。」
長い間
HAYATOの行事に参加しようとしなかったので
ばぁばである私が母親の代理を務めてきたのであった。
みいは 鼻唄をうたいながらお米を研ぎ
楽しそうに 明日の弁当の下ごしらえを始めた。
主婦の座を譲るのはとっても残念なことだが
私には解っていた。
みいを必要とすることによって
みいの闘ってきた拒食症(無食症)は完治出来るはずだと
私には解ってきたのである。
長い年月をかけたが
今ここで病気との修了式を迎えることができそうである。
私には
みいが必要である。
彼女に居心地のいい居場所を譲るべきである。
私は職場で
まだ必要とされていた。
そこに私の揺るがされることのない居場所があった。


Posted by パールじゅんこ at 23:40│Comments(0)
│ブログ