
2011年12月26日
摂食障害の娘へ 希望
平成24年の高島暦を手にして
平成55年生まれの娘の運勢を開いてみた。
二黒土星の娘の運勢は
最も悪い一年と占われている。
二黒土星
== 低迷運 ==
本命星は坎宮(かんきゅう)、北方位に回座し
真冬、暗い、冷たい、水の象意を有している。
伸長しようとする勢いが抑えられる。
対人関係、健康面、仕事面と
あらゆる場面で困難が生じ悩みが尽きない。
春に芽を出すためには冬を越す必要がある。
根を深く強く張る努力で物事は新しく始まる。
簡単には進めないことを承知して
背を向けずに
何事も柔軟に粘りを持ってあたることが大切。
異性問題、下腹部、冷え注意。
そして
昭和31年生まれの自分の占いを開いた。
都合のいいところだけ信じると・・・
八白土星
== 喜悦運 ==
本命宮は兌宮(だきゅう)西方位に回座し
実り、喜び、休息、秋の象意を有している。
ひとときの休息を得られる。
祝い事も多く
肩の力を少し抜くことが出来る喜びの年である。
しかし
秋は冬へと移り変わっていく。
疲れを癒す年ではあるが
気を緩め過ぎずに充電することが大切である。
なんだか
私と娘の見方をしてくれているようなこの占いに
とても安心を覚え
新しい年に希望をつなぐことが出来たような気がする。
風邪をひき
微熱、のどの痛みが現れたので
金曜、土曜と娘の面会を控えた。
12月25日(日)
主人、孫とゆっくりと娘の部屋を訪ねた。
もちろん私は分厚いマスクの下には
更に分厚いハンカチを当てた。
孫の手には
クリスマスイブの真夜中
サンタさんからのプレゼントしてもらった
チビッコ達のヒーローである
「ゴーカイジャー」の武器
「DXゴーカイガレオンバスター」が抱えられていた。
朝から
一日中抱きかかえて 放さなかった。
サンタさん冥利に尽きる思いがして
嬉しい。
次女の容態で意見の食い違いが生じ仲違いし、
私への連絡を途絶えていた
長女からもメールが入った。
「チビ達に プレゼントありがとう
一日中 抱えて遊んでる。」
5歳と2歳のママとなった長女は
知り合いのいない九州の西の田舎町で暮らしてきた私を
子供のころから
ずーと支えてきた。
嫁ぎ
二人の息子の親となった今でも
長女であることの
重圧に苦しんでいるように思われる・・・。
私は
次女みいを救いたいばっかりに
彼女の胸の内を充分に
理解してやれていない。
しかし
長女に対しても
次女に対しても
もちろん三女に対しても
愛情の重さに変わりがあるはずがない!
しかし
ひとつしかない体は
娘 みいと みいの子供にばかり
時間を費やし続けている。
愛情の重さは
長女の子供達にも
次女の子供にも
三女の子供にも
同じであるが
娘たちには 伝わっていないのかもしれない・・。
しかし
私が選んだプレゼントは
サンタさんからのプレゼントとして
枕元にそっと置かれた。
目覚めた孫たちが一日中放さなかった事は
何よりの喜びだある。
私達夫婦は
娘たちが生まれてから
嫁ぐまで
サンタさんを演じ続けてきた・・・。
嫁ぐまで・・・・
25歳の娘の枕元にも
サンタさんからのプレゼントが届いていた。
雪の舞う寒い日曜日の午後
私は
雪見大福のように 白くてきめの細かい
パンパンに膨れ上がったみいの両足をマッサージした。
岡田さんのように。
孫は
おもちゃを抱きかかえ ママを狙っている。
主人は
端っこの椅子に座りうたた寝を始めた。
血尿が止まった。
顔のむくみが取れたが目の下だけは
赤く腫れぼったい。
両腕は無数の針の痕と
血小板減少による紫斑症が痛々しい。
抗生物質投与により
ひざから下の両足のむくみがひどい。
痛みを伴っているため
苦しいようである。
敗血症性ショックから来る死亡の危機は
免れたようである。
私は
徳田圭助先生の処置に感謝しつくせない。
が
まだまだ油断できない状態だが
娘は相変わらず 至ってのんきに考えている。
新しい年を迎えそうで安堵し、
年賀状の打ち合わせをした。
私は夜中
パソコンを開き娘の代わりに年賀状を作成した。
娘との打ち合わせ通り
デジカメ写真から孫の笑顔をとり込み
差出人名から婿の名前を外した。
血小板輸血をしている娘のベットの横で
離婚話を進め
娘の養育費に対する意見に
急に激怒し怒鳴りつけていった婿である。
婿は
生活保護を受けて暮らしていくよう娘に提案した。
小学5年の時に離婚して出て行った
自分の母親が娘と暮らしていたように・・
生活保護をみいに進めたようである。
死の淵にいる娘が
今 その危機を脱しても
数か月 数年は
独りで暮らして子供を育てていくことが
子供の世話をすることが絶対不可能だということが
どうして
解らないのか不思議でたまらない。
洋服の中の娘の体は見たことが無くても
娘の体が 容態がどれほどのものであるかが
どうしてわからないのかが不思議でたまらない。
婿は
陸上自衛隊で国民を守るために
過酷な訓練を受けている。
彼は
誰を守るんだろう・・・・。
誰を守り切れるんだろう・・・・。
敵と戦うことだけに焦点を絞り
訓練を重ねているんだろうか・・・・。
守らなければならない愛する人は
私の娘と 私の孫でないことは
確かである。
婿との別れが
縁が切れる日が
そう先の事ではなくなってきた様である。
私は
新しい年に希望をつなぎたい。
平成55年生まれの娘の運勢を開いてみた。
二黒土星の娘の運勢は
最も悪い一年と占われている。
二黒土星
== 低迷運 ==
本命星は坎宮(かんきゅう)、北方位に回座し
真冬、暗い、冷たい、水の象意を有している。
伸長しようとする勢いが抑えられる。
対人関係、健康面、仕事面と
あらゆる場面で困難が生じ悩みが尽きない。
春に芽を出すためには冬を越す必要がある。
根を深く強く張る努力で物事は新しく始まる。
簡単には進めないことを承知して
背を向けずに
何事も柔軟に粘りを持ってあたることが大切。
異性問題、下腹部、冷え注意。
そして
昭和31年生まれの自分の占いを開いた。
都合のいいところだけ信じると・・・
八白土星
== 喜悦運 ==
本命宮は兌宮(だきゅう)西方位に回座し
実り、喜び、休息、秋の象意を有している。
ひとときの休息を得られる。
祝い事も多く
肩の力を少し抜くことが出来る喜びの年である。
しかし
秋は冬へと移り変わっていく。
疲れを癒す年ではあるが
気を緩め過ぎずに充電することが大切である。
なんだか
私と娘の見方をしてくれているようなこの占いに
とても安心を覚え
新しい年に希望をつなぐことが出来たような気がする。
風邪をひき
微熱、のどの痛みが現れたので
金曜、土曜と娘の面会を控えた。
12月25日(日)
主人、孫とゆっくりと娘の部屋を訪ねた。
もちろん私は分厚いマスクの下には
更に分厚いハンカチを当てた。
孫の手には
クリスマスイブの真夜中
サンタさんからのプレゼントしてもらった
チビッコ達のヒーローである
「ゴーカイジャー」の武器
「DXゴーカイガレオンバスター」が抱えられていた。
朝から
一日中抱きかかえて 放さなかった。
サンタさん冥利に尽きる思いがして
嬉しい。
次女の容態で意見の食い違いが生じ仲違いし、
私への連絡を途絶えていた
長女からもメールが入った。
「チビ達に プレゼントありがとう
一日中 抱えて遊んでる。」
5歳と2歳のママとなった長女は
知り合いのいない九州の西の田舎町で暮らしてきた私を
子供のころから
ずーと支えてきた。
嫁ぎ
二人の息子の親となった今でも
長女であることの
重圧に苦しんでいるように思われる・・・。
私は
次女みいを救いたいばっかりに
彼女の胸の内を充分に
理解してやれていない。
しかし
長女に対しても
次女に対しても
もちろん三女に対しても
愛情の重さに変わりがあるはずがない!
しかし
ひとつしかない体は
娘 みいと みいの子供にばかり
時間を費やし続けている。
愛情の重さは
長女の子供達にも
次女の子供にも
三女の子供にも
同じであるが
娘たちには 伝わっていないのかもしれない・・。
しかし
私が選んだプレゼントは
サンタさんからのプレゼントとして
枕元にそっと置かれた。
目覚めた孫たちが一日中放さなかった事は
何よりの喜びだある。
私達夫婦は
娘たちが生まれてから
嫁ぐまで
サンタさんを演じ続けてきた・・・。
嫁ぐまで・・・・
25歳の娘の枕元にも
サンタさんからのプレゼントが届いていた。
雪の舞う寒い日曜日の午後
私は
雪見大福のように 白くてきめの細かい
パンパンに膨れ上がったみいの両足をマッサージした。
岡田さんのように。
孫は
おもちゃを抱きかかえ ママを狙っている。
主人は
端っこの椅子に座りうたた寝を始めた。
血尿が止まった。
顔のむくみが取れたが目の下だけは
赤く腫れぼったい。
両腕は無数の針の痕と
血小板減少による紫斑症が痛々しい。
抗生物質投与により
ひざから下の両足のむくみがひどい。
痛みを伴っているため
苦しいようである。
敗血症性ショックから来る死亡の危機は
免れたようである。
私は
徳田圭助先生の処置に感謝しつくせない。
が
まだまだ油断できない状態だが
娘は相変わらず 至ってのんきに考えている。
新しい年を迎えそうで安堵し、
年賀状の打ち合わせをした。
私は夜中
パソコンを開き娘の代わりに年賀状を作成した。
娘との打ち合わせ通り
デジカメ写真から孫の笑顔をとり込み
差出人名から婿の名前を外した。
血小板輸血をしている娘のベットの横で
離婚話を進め
娘の養育費に対する意見に
急に激怒し怒鳴りつけていった婿である。
婿は
生活保護を受けて暮らしていくよう娘に提案した。
小学5年の時に離婚して出て行った
自分の母親が娘と暮らしていたように・・
生活保護をみいに進めたようである。
死の淵にいる娘が
今 その危機を脱しても
数か月 数年は
独りで暮らして子供を育てていくことが
子供の世話をすることが絶対不可能だということが
どうして
解らないのか不思議でたまらない。
洋服の中の娘の体は見たことが無くても
娘の体が 容態がどれほどのものであるかが
どうしてわからないのかが不思議でたまらない。
婿は
陸上自衛隊で国民を守るために
過酷な訓練を受けている。
彼は
誰を守るんだろう・・・・。
誰を守り切れるんだろう・・・・。
敵と戦うことだけに焦点を絞り
訓練を重ねているんだろうか・・・・。
守らなければならない愛する人は
私の娘と 私の孫でないことは
確かである。
婿との別れが
縁が切れる日が
そう先の事ではなくなってきた様である。
私は
新しい年に希望をつなぎたい。
Posted by パールじゅんこ at 04:51│Comments(0)