
2013年05月07日
つつじ咲く山
10万本の満開のつつじが
北九十九島を見下ろす山肌を覆った。
思い起こせば 34年前
初めて登った長串山はまったくの無名で
大きな岩の間に数本の平戸つつじが
鮮やかな花を咲かせていた。
私は
ふと 過ぎ去った一昔前が無性に懐かしくなって
真夜中に
こそこそとアルバムを引っ張り出した。
そこには中学生になったばかりのみいが
近所の幼馴染の男の子と
長串山で
無邪気に戯れていた。

( みい 中学1年生 昭和時代 )(現在33歳)
みいの後ろのローラースケートの周りが
20年ほど経った今では
様々な木が育ち
沢山のつつじが咲き誇り
みいの息子のHAYATOが遊ぶ。

( 平成25年5月 )

( 平成25年5月 )
昭和55年
整備されていない山肌に
つつじが見事に花を咲かせ始めた。

( 昭和55年 長串山 )

あれから 30年という歳月が流れ
先人の思いを受け継ぎ
見事に観光地となった長串山を
たくさんの人々が訪れるようになった。


( 平成25年5月 )

( 平成25年5月 )
HAYATOは
かつて 今のHAYATOと同じ年のみいママが
舗装も整っていない長串山で
無邪気に遊んでいたなど
想像もつかないだろう・・。

( 平成25年5月 )
春の訪れと共に
桜からバトンを受け取ったつつじは
見事に
季節のランナーを務め続けた。
昭和の時代が過ぎ去り・・・

( 昭和の頃 )

数えきれないほどの
春を迎え
沢山の世話係の方たちの手が差し伸べられて
山肌は
綺麗に整えられ続けた。


( 平成25年5月 )
昭和も終わろうとしている頃
主人のポケットマネーで楽しんだ 遊覧飛行

眼下に広がる北九十九島の海 

沢山の島々は新緑で輝いていた。

20年経とうが・・
30年の歳月が流れ去ろうとも・・
優しい緑に覆われた島々に
なんら変わりがなかった。

( 平成25年5月 )
色あせた古いアルバムには
初めてのヘリに乗り込もうとしているみいが
妹を抱きしめて
笑っていた。

そして
そこには
20数年前 昭和の時代の私がいた。

そして今
友達と無邪気に遊ぶ
小学生になった孫のHAYATOがいる。

変わっていく長串山の景観を愛でながら
HAYATOが成長しても・・
娘たちが共に年を重ねても・・
主人や私が年老いてしまっても・・・
きっと
平戸島に沈む夕日は
今日という日を明日へとつなぎ
北九十九島の海を茜色にそめながら
時空を旅していくはずである。
その一瞬の輝きは
永遠に変わることは無いはずである。
きっと。
悲しいことも
苦しい胸の内も
楽しいかったことも
嬉しい出来事も
全て優しく包み込んで
見つめる人の心を浄化しながら
明日へと誘い続けることだろう・・。
全てを労わる様な優しい輝きは
いつまでも
いつまでも
なんら変わりはないだろうと
信じられる。


北九十九島を見下ろす山肌を覆った。
思い起こせば 34年前
初めて登った長串山はまったくの無名で
大きな岩の間に数本の平戸つつじが
鮮やかな花を咲かせていた。
私は
ふと 過ぎ去った一昔前が無性に懐かしくなって
真夜中に
こそこそとアルバムを引っ張り出した。
そこには中学生になったばかりのみいが
近所の幼馴染の男の子と
長串山で
無邪気に戯れていた。

( みい 中学1年生 昭和時代 )(現在33歳)
みいの後ろのローラースケートの周りが
20年ほど経った今では
様々な木が育ち
沢山のつつじが咲き誇り
みいの息子のHAYATOが遊ぶ。

( 平成25年5月 )

( 平成25年5月 )
昭和55年
整備されていない山肌に
つつじが見事に花を咲かせ始めた。

( 昭和55年 長串山 )


あれから 30年という歳月が流れ
先人の思いを受け継ぎ
見事に観光地となった長串山を
たくさんの人々が訪れるようになった。



( 平成25年5月 )

( 平成25年5月 )
HAYATOは
かつて 今のHAYATOと同じ年のみいママが
舗装も整っていない長串山で
無邪気に遊んでいたなど
想像もつかないだろう・・。

( 平成25年5月 )
春の訪れと共に
桜からバトンを受け取ったつつじは
見事に
季節のランナーを務め続けた。
昭和の時代が過ぎ去り・・・

( 昭和の頃 )


数えきれないほどの
春を迎え
沢山の世話係の方たちの手が差し伸べられて
山肌は
綺麗に整えられ続けた。



( 平成25年5月 )
昭和も終わろうとしている頃
主人のポケットマネーで楽しんだ 遊覧飛行







20年経とうが・・
30年の歳月が流れ去ろうとも・・
優しい緑に覆われた島々に
なんら変わりがなかった。
( 平成25年5月 )
色あせた古いアルバムには
初めてのヘリに乗り込もうとしているみいが
妹を抱きしめて
笑っていた。

そして
そこには
20数年前 昭和の時代の私がいた。

そして今
友達と無邪気に遊ぶ
小学生になった孫のHAYATOがいる。

変わっていく長串山の景観を愛でながら
HAYATOが成長しても・・
娘たちが共に年を重ねても・・
主人や私が年老いてしまっても・・・
きっと
平戸島に沈む夕日は
今日という日を明日へとつなぎ
北九十九島の海を茜色にそめながら
時空を旅していくはずである。
その一瞬の輝きは
永遠に変わることは無いはずである。
きっと。
悲しいことも
苦しい胸の内も
楽しいかったことも
嬉しい出来事も
全て優しく包み込んで
見つめる人の心を浄化しながら
明日へと誘い続けることだろう・・。
全てを労わる様な優しい輝きは
いつまでも
いつまでも
なんら変わりはないだろうと
信じられる。


Posted by パールじゅんこ at 00:21│Comments(0)