
2017年04月07日
コミック「この世界の片隅に」
コミック「 この世界の片隅に(こうの史代) 」を読んで。

昭和9年 小学生だった「すず」が
昭和19年 見染められた見知らぬ男性の下に嫁ぎ
昭和20年 終戦を迎える。
平成の時代からは想像ができないような
昭和初期から終戦までの
家族の暮らしが展開されていた。
そういえば・・・・
こんな暮らしがあった時代を
私は肌で覚えている。
主人公が生きた時代を
私は知っている・・・
そう思えた。
主人公「すず」の生きた時代は
私の母の生きた時代とほぼ同じである。
二度とやってこない時代への慕情が
心の奥底から優しく愛しく込み上げてくるような
そんな思いに駆られるのである。

コミックで描かれた「すずの10数年の歳月」は
戦争 空襲 防空壕 終戦 ・・・と
私の知らない時代の出来事であるが
それは両親の世代を通して聞かされてきた事柄であった。
疎開地で終戦を迎え戦地から帰ってきた父から見染められ
見知らぬ土地で嫁として迎えられ逞しく生きてきた母。
戦後の貧しい生活の中で強く逞しく暮らしてきた当時の人々。
その時代に生きた父母や祖父母から育てられた私は
「すず」の生きた時代の人々の暮らしや
その思いを充分に理解できた。
私の子供や孫たちの育っている時代からは
到底想像ができない暮らしであるはずだろう。
昭和初期に生まれ
嫁ぎ
夫と共に戦争を体験してきた主人公「すず」
その背景には
戦争という残酷な時代を強いられながらも
地域の人々が手を取り合って
明るく笑いあいながら暮らしてきた日々が
生き生きと描かれていた。
「この世界の片隅に」で描かれている「すず」を始め
女たちは家族の為だけに働いている。
水を汲み
火をおこし食事をつくり
薪で風呂を沸かし
家族の着るものを縫い
野山に自生している植物を摘み食卓を調え
家族のために働いた。
そんな時代があったことを
私は祖母や母を通してよく覚えている。

昭和の時代とともに生きて行く「すず」の懸命さから
昭和~平成の時代を生かされている私は
その時代の中で「普通」に暮らしていく大切さを・・
いかに「普通」を心をこめて生きて行くことの大切さを・・
教えられたように思われた。
何よりも
今は死語に近い「嫁ぐ」という言葉の裏にある家族愛に
新鮮で大きな感動を覚えた。
コミックを読んだ後
私は映画館に足を運んだ。
私は今日という日を普通に生きた。
一日中家族を思い 家族の為に働いたかというと・・・・
私は首を縦にふることが出来ないような気がした。
豊かな暮らしを維持していくための報酬が必要な為
家族を忘れ
仕事に没頭した一日を過ごしてしまったようで
心苦しい思いに駆られるのである。
普通に
陽は沈み
又 陽が登り
時代が流れていこうとしている。


昭和9年 小学生だった「すず」が
昭和19年 見染められた見知らぬ男性の下に嫁ぎ
昭和20年 終戦を迎える。
平成の時代からは想像ができないような
昭和初期から終戦までの
家族の暮らしが展開されていた。
そういえば・・・・
こんな暮らしがあった時代を
私は肌で覚えている。
主人公が生きた時代を
私は知っている・・・
そう思えた。
主人公「すず」の生きた時代は
私の母の生きた時代とほぼ同じである。
二度とやってこない時代への慕情が
心の奥底から優しく愛しく込み上げてくるような
そんな思いに駆られるのである。

コミックで描かれた「すずの10数年の歳月」は
戦争 空襲 防空壕 終戦 ・・・と
私の知らない時代の出来事であるが
それは両親の世代を通して聞かされてきた事柄であった。
疎開地で終戦を迎え戦地から帰ってきた父から見染められ
見知らぬ土地で嫁として迎えられ逞しく生きてきた母。
戦後の貧しい生活の中で強く逞しく暮らしてきた当時の人々。
その時代に生きた父母や祖父母から育てられた私は
「すず」の生きた時代の人々の暮らしや
その思いを充分に理解できた。
私の子供や孫たちの育っている時代からは
到底想像ができない暮らしであるはずだろう。
昭和初期に生まれ
嫁ぎ
夫と共に戦争を体験してきた主人公「すず」
その背景には
戦争という残酷な時代を強いられながらも
地域の人々が手を取り合って
明るく笑いあいながら暮らしてきた日々が
生き生きと描かれていた。
「この世界の片隅に」で描かれている「すず」を始め
女たちは家族の為だけに働いている。
水を汲み
火をおこし食事をつくり
薪で風呂を沸かし
家族の着るものを縫い
野山に自生している植物を摘み食卓を調え
家族のために働いた。
そんな時代があったことを
私は祖母や母を通してよく覚えている。

昭和の時代とともに生きて行く「すず」の懸命さから
昭和~平成の時代を生かされている私は
その時代の中で「普通」に暮らしていく大切さを・・
いかに「普通」を心をこめて生きて行くことの大切さを・・
教えられたように思われた。
何よりも
今は死語に近い「嫁ぐ」という言葉の裏にある家族愛に
新鮮で大きな感動を覚えた。
コミックを読んだ後
私は映画館に足を運んだ。
私は今日という日を普通に生きた。
一日中家族を思い 家族の為に働いたかというと・・・・
私は首を縦にふることが出来ないような気がした。
豊かな暮らしを維持していくための報酬が必要な為
家族を忘れ
仕事に没頭した一日を過ごしてしまったようで
心苦しい思いに駆られるのである。
普通に
陽は沈み
又 陽が登り
時代が流れていこうとしている。

Posted by パールじゅんこ at 00:14│Comments(0)